昔話

2009年09月25日

年上好き?

とある人から
「こちくんて、ひょっとして年上好き?」
って言われました。

いままで、特に意識したことはなかったのですが・・・・
過去を振り返ってみると、確かに年上ばかりです。


以下、赤裸々な女性遍歴

高校の同級生と長いこと付き合って、お別れしたのが23歳くらい。
そのあとは、付き合った人も、口説こうと頑張った人も、みんな年上。
あっ、1人だけ同年いた。(ふられたけど)


ってことは、年上好き?
タマタマですよ。
たぶん。
結果的には年上好きみたいです。
自分じゃ良くわかりません。

いま流行の草食系男子ではないのは、確実。
最近はすっかり枯れてますが・・・・


なんで年下の人とは縁がないんでしょう?
愛想が悪いからですね。きっと。

このblogを読んで
「愛想悪いなんてことないのに・・・」
と思ったアナタ!

会ったらビックリしますよ。
不機嫌そうに座っているだけで、無言ですから。私。


全然、赤裸々な告白ではないですね〜
現在に近づくほど書きにくいことが多いのです。


ではよい週末をお過ごし下さい。

kochiya_blog at 21:06|PermalinkComments(6)TrackBack(0)

2009年09月17日

貯金を始めた理由

私は、とある出来事があるまで、貯金をしていませんでした。
誇張ではなく、貯金と呼べるようなものは、0円。
実家にいたので、給料はほぼ全部お小遣いでした。

なんで貯金をするようになったかというと……


私が23〜24歳くらいの頃の出来事です。

当時、彼女がいない寂しい身の上。
しかし、ある弾みで親切にしてくれた女性に好意を抱きます。

その女性、年は3歳くらい年上の26.27歳。
(嫁さんではないです)
結婚願望が強い方でした。

「彼女になってよ〜」
と言うと、
「こちくんと付き合っても、貯金ないから結婚できないじゃん」
と何回も断られます。

「貯金するからさ〜」
と言うと、
「30歳までに結婚したいから、間に合わないよ」
と断られます。


「そうか〜。
貯金がないと、好きな女性も口説けないのかぁ」

と思い、給料からの天引き貯金が始まるんです。
月に5万円だったかなぁ。
それを2年くらい続けた後に、嫁さんと出会ったわけです。

途中にポツポツと無駄遣いもしていたので、単純計算できないけど、結婚前までに結婚資金はめでたく貯まりました。


こういう書き方だと、私を振った女性が、守銭奴みたいに感じるかも知れませんね。

でも、私はその女性には感謝しているんです。
お金の大切さを教えてくれたと思います。

結婚相手を探しているなら、貯金の有無がまったく気にならないと言えば嘘ですよね。
(私は結婚相手を探していた訳ではないけど…)

「言いにくいことを、ハッキリ言ってくれた」
それだけでも感謝です。


えっ!?
俺のことを単純に嫌いだったから、振ったって?

いちおうABCでいうと、A+まではしてましたよ。

A+?

そうA+
想像に任せます。
青少年が読んでいると良くないので。


ABCって懐かしいね〜
最近も言うのかなぁ??


kochiya_blog at 23:53|PermalinkComments(14)TrackBack(0)

2009年09月14日

思い出話

とある人のブログを読んで思い出しました。
高校3年の春休みっていうより卒業式が終わったあとの春休みのできごと。

登場人物:3歳違いの弟
登場人物:弟の後輩3人


やること無くて、ぐだぐだな春休みを送っている私。
高校生活を振り返る
新しく行く専門学校の準備をする
なんてこともしないで、お昼まで寝ていたある日。

今日は弟の中学校卒業式。
例によって、昼まで寝ていた私は玄関のチャイムで起こされる。
そう、卒業式があるから、家には誰もいなかったのです。

「は〜い、なんでしょう?」
とドアを開けて見ると、中学校の制服を着た女の子が3人。

そのなかの女の子の1人がいきなり自己紹介を始めます。
寝ぼけている私は、なんだか意味がわかりません。
突っ込む隙の無い緊張した面持ちで、2〜3分のあいだ1人で話しています。

で、最後に
「〇〇先輩の第二ボタンが欲しいんですけどっ!」
と絞り出すような声。

「うぅ〜ん、弟はまだ帰ってきていないよ」

「すっすみませんっ!」
と言って、逃げるように帰っていきました。

それでも暫らく意味のわからない寝ぼけた私。
どうやら弟はモテモテだったようです。


「チッ!兄貴を差し置いて1人でモテやがって!」

kochiya_blog at 18:02|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2009年09月11日

友人の死を悼む

とあるブログを読んで以来、昔に事故で亡くなった友人のことが頭の中を駆け巡っています。
以降、独り言の吐き出し。

高校を卒業して専門学校へ入学。
すぐに仲良くなった友人。
けっこう年齢にばらつきのあるその学校、同い年で同じ千葉県出身。
すぐに仲良くなりました。

彼は、同じ千葉県とはいえ房総の漁港のある街から通っていて、通学に3時間くらいかけていた。
ほぼ始発に乗って、毎日学校へ。

おバカキャラの朗らかな性格だけれども、勉強熱心。
「卒業したら海外青年協力隊に行く!」
と言っていました。

そして学校が終わると、毎日のようにマージャンやって、酒飲んで、たまに神保町の古本屋街をそぞろ歩いて。
いつも12時間以上いっしょにいた。

歌が好きで、酒が好きで、キャメルを吸っていた。
どんな曲が好きだったのかは、忘れてしまった。
(私は音楽に興味が無い)
マイケルジャクソンをカラオケで歌っていたのを覚えている。
欧陽菲菲のラヴイズオーバーも歌っていた。

まだ、顔も覚えている。
お地蔵さんのような、丸い顔で、目の細い、優しげな顔でした。
坊主頭で、キャップをかぶり、カーゴパンツが大好きで、ワークブーツをいつもはいていた。
背は180くらいで、俺よりも高かった。
ぽにょぽにょしたお腹で、体重は不明。

そういえば、
「夏休みに遊びに行く」
って約束していたけど、行かなかったね。
せっかく海が近いのに。
夏休みは、まだ元気だったのに。。。


命日は11月13日。
私が中学時代に大好きだった女の子の誕生日。
そう、お前とは知り合って半年しか経っていなかった。

その日は御茶ノ水で、古本屋に行ったあと。
地元の友達から飲みに誘われて、早く帰った。
御茶ノ水の坂の途中の公衆電話。
遠距離だから、テレホンカードがみるみる減って、テレホンカードを貸したのを覚えている。
「わりぃ、地元で飲みに行ってくる」
というような言葉が最後かなぁ。

そうその日の晩に、飲酒運転の友達の車に乗って、なんでもない直線道路で。
人の家の塀に衝突して、放り出されたらしいね。
お母さんが事故現場へ案内してくれたよ。

未成年の飲酒運転で、保険からなにから、全部おりなかったらしいね。
「1人息子だからって、色々な保険に入れたのに」
ってお母さんが言っていたよ。
婦人警官をやっているお姉さんに迷惑かけただろ。
4人兄弟の末っ子で、やっとできた男の子。
ご両親を悲しませただろ。
お父さんは、漁でアルゼンチンにいて、お葬式にも出られない。
地球の反対側で、息子が死んだって聞いて、どう思ったんだろう。
お父さんと最後に会ったのは、いつだったんだい?

お通夜の終わったあと、お母さんと話をしたよ。
何を話したのかは、忘れてしまった。
ただ、話を聞きながら、ずっと大泣きしていたのを覚えている。


そうそう、亡くなったあとは毎年お墓参りに行って、家にもお邪魔して。
必ずお母さんは、美味しい魚をご馳走してくれて。
俺の家には干物とかが届いていたよ。
形見分けでもらったお前の服は、どこにいってしまっただろう。

ここ何年も行ってないね。
結婚前にいまの嫁さんと行ったのが最後。
もう10年近く行っていない。
お母さんへの結婚の報告は、葉書でしたけれど・・・・
子供ができたことは、なんとなく言いづらくて。
そしていつしか疎遠になっていた。

2.3年前に、家族で鴨川へ旅行に行ったとき。
寄ろうと思ったんだけど、家は留守で、子供が大泣きしていたからお墓には行かなかった。
「早く帰る」
ってずっと泣いていたんだよ。

もう、電話番号も忘れちゃったよ。
もう、住所も葉書の山をひっくり返さないとわからないよ。
でも、家もお墓も覚えている。いまでも行けるよ。
お前は知らないかもしれないけれど、お寺へ行く道がすごく狭いんだよ。


下の子が大きくなったら、必ずいく。
今度は、子供が泣いていても、必ずいく。
昔みたいに、キャメルのタバコをお墓に供えるよ。
海が見える、緑に囲まれたお墓に行くよ。

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2009年09月09日

そのとき歴史は動いた

なんだか色々なブログを見ていたら、
「自分の人生の分岐点ってどこかなぁ」
と考えてみました。

自分的には、明らかな分岐点があります。
それは、高校の選択


高校の選択以前にも以後にも、決定的な影響のある選択は無かったような気がします。
いまだに付き合いのある友達、サッカーのメンバーは高校の同級生です。

高校で勉強しなかったので、大学へ行かず。
勉強しなくても、そこそこの成績だったので、余計に勉強せず世間を舐めた高校生でした。
私立のうるさい先生ばっかりのところへ行っていたら、違ったかもしれない。


んで、世間を舐めたまま成人して、流れ着いた万年不況の食器業界。

でも、食器屋さんへ就職しなければ、嫁さんとは出会わず。
子供もいまとは違っているはず。
(っていうよりまだ独身かも)


別にやり直したいとは思わない。
子供かわいいしね。

違った人生を歩みたいとも思わない。
そこまで不幸ではないと思う。


でも、分岐点を思うとき。
やっぱり高校進学に思いがいたる。

良くも悪くも、それで良いんじゃない。
本人が
「良い」
って言ってんだから。

でも、
「学生の内は勉強したほうが良い。」
と思う、おっさんこちくん。


ちなみに私は、高校をジャンケンで選んでます。
3人で
「お前が勝ったらココ、お前ならココ、俺が勝ったらココ」
と、3つの候補から選んでます。

それも人生。
悔いの無いように生きるのさ。

いまが楽しければ、後悔なんてしないのよ。続きを読む

kochiya_blog at 13:28|PermalinkComments(5)TrackBack(0)