名言

2010年06月30日

PKを決めても誰も覚えていないが、外したら誰もが忘れない

PKを決めても誰も覚えていないが、外したら誰もが忘れない
                      byロベルト・バッジオ


「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」 by ロベルト・バッジオ
という記事に、今朝9:00までに100件を超えるアクセスがありました。

日本対パラグアイ。
駒野がPKを外して負けちゃいました。
まぁPK自体は、ロベルト・バッジオのような名手でも外すので、駒野の失敗は諦めるしかないですね。
(ちなみにロベルト・バッジオはワールドカップ決勝のPK戦で外してます)

そこでロベルト・バッジオのPKにまつわるもう一つの名言
PKを決めても誰も覚えていないが、外したら誰もが忘れない

駒野のことはしばらく忘れられそうにありません。
責めるわけじゃないけど、仕方ないでしょ(笑)

実力的にはやっぱりパラグアイのほうが上でしたね。
でも、松井大輔のバー直撃が入っていたら?
でも、あのクロスがピッタリあっていたら?
などすれば、勝てていたので・・・
無念です。

まぁ今回の日本代表の健闘ぶりは、予想をはるかに超えていて。
ワールドカップを満喫させていただきました。
(まだ終わっていないけど 笑)

お疲れ様でした〜!



ところで・・・
なんで駒野が蹴ったの?
Jリーグでも蹴っているのかしら???

kochiya_blog at 09:22|PermalinkComments(27)TrackBack(0)

2010年06月24日

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。
たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、世々経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。
あるいは去年焼けて今年作れり。
あるいは大家滅びて小家となる。
住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。
朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。
知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。
また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。
その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。
あるいは露落ちて花残れり。
残るといへども朝日に枯れぬ。
あるいは花しぼみて露なほ消えず。
消えずといへども夕べを待つことなし。
                  方丈記(冒頭) 鴨長明


ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
これしか覚えていませんでした。
中学だか高校の頃は全部覚えていたけどね・・・

時の流れは戻らない。
Back Dateなんてしようとするから。

時々刻々。
刻の移ろいは、残酷なものですね。


もっと読みたい方は
方丈記:尾上八郎解題、山崎麓校訂
こちらを

kochiya_blog at 18:19|PermalinkComments(18)TrackBack(0)

2010年06月17日

男子三日会わざれば刮目して見よ

士別三日、即更刮目相待   呉書・呂蒙伝

士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし


「男子三日会わざれば刮目して見よ 」
「男子三日会わざれば刮目して待つべし 」
は原文とは違い、日本に入ってきたときに変化したものです。

意味は・・・
志のあるものは日々鍛錬しているので、三日も会わなければ長足の進歩を遂げているものです。
久しぶりに会ったなら、以前と同じように接してはいけません!

現代では時間の流れが早いので、誇張ではなく当てはまるかも知れませんね。

一つの出会い
一つのきっかけ
大きく変わっていくんでしょうね。

なんだかなぁ
ゆっくりのんびりしたいものです

kochiya_blog at 14:06|PermalinkComments(20)TrackBack(0)

2010年06月04日

鶏口となるとも牛後となるなかれ

寧為鶏口、無為牛後     史記・蘇秦列伝

鶏口となるとも牛後となるなかれ
類語:むしろ鶏口となるとも牛後となるなかれ
類語:鶏口牛後

以有尽之地、而逆無已之求。
此所謂市怨結禍者也。
不戦而地已削矣。
臣聞、鄙諺曰、寧為鶏口、無為牛後。

原文はややこしいです。
蘇秦(そしん、? - 紀元前317年?)という人が、当時強勢となっていた秦(始皇帝より100年前の話です)を抑えるために、秦の隣国韓の王様を秦と同盟させないために口説いたときの言葉。

現代語では(前後も加えて飛躍してます)・・・
秦と同盟すれば、一時は平和を得られるかもしれませんが・・。
限りある国土の割譲を求められれば断る事ができません。
戦わずに国土を削られていってしまいます。
それなら他国と同盟して秦を抑えませんか?
鳥の頭として自由に振舞うか、牛の後を付いていくか。
どちらかですよ〜


いまの自分が鶏口なのか牛後なのか。
それすらすらよくわからないですね。
まぁ私は社長ではないので、鶏口ではないのは確かですけどwww

韓王が社長だとして。
秦はどこでしょう?
同盟?

なるほど〜
ってよくわかりませんね
きっと頭のいい社長なら答えがあるはず?

要はどこをどう捉えるか。
そのへんかな〜
なんて思いますが、どうでしょう?
社長!!

時は今 天が下知る 五月哉

kochiya_blog at 12:14|PermalinkComments(17)TrackBack(0)

2010年05月27日

辛い事を知ってる人の方が、それだけヒトに優しくできる。それは弱さとは違うからな

「辛い事を知ってる人の方が、
それだけヒトに優しくできる。
それは弱さとは違うからな」
                   by加持リョウジ

引き続きエバンゲリオンネタですみません。
この名言ってどう思いますか?

私は、辛い事が多すぎて顔つきや性格が変わってしまった人を知っています。
なので、この手の言葉には、ちょっと微妙な感想を持ってしまいます。

きっと辛い事が過ぎ去って、心が平穏になった人が
「辛い事を知ってる人の方が、
それだけヒトに優しくできる。
それは弱さとは違うからな」
のような人なんだろうけど、
「それまでに性格が変わってしまっているかも・・・」
と思ってしまいます。

「辛い事を乗り越えないと優しくないのか?」
とも思ったり。
結構、有名な名言だけにちょっと疑問が。。。

<苦労は買ってでもしろ!>
みたいな言葉も、
「何も無理して苦労する必要はないんじゃないかな?」
って思ってしまいます。

まぁ私がお気楽なだけかもしれませんけど。
辛い事や、苦労はなるべくしたくないなぁ

kochiya_blog at 13:31|PermalinkComments(19)TrackBack(0)